2020.11.23
軽井沢絵本の森美術館第1展示館内にある「木葉井悦子のアトリエ」の展示替えを行いました!
グワッシュによる力強いタッチの印象が強い木葉井の作品ですが、今回は、ペンやインクといった画材が使われている作品に焦点をあてた展示を行っております。ご紹介している作品は『耳界(じかい)』という画集と『あかいめのしろヘビ』です。どちらも、今では手に入れるのがとても難しい本になっています。
まずは、『耳界』からご紹介します。
『耳界』は、1979年にたざわ書房より刊行された画集です。表題作である「耳界」を含めて、全部で5つのエピソードがおさめられています。ペンとインクで描かれたこの作品は、耳の複雑な構造が思い浮かぶような、緻密なモノクロームの世界が広がります。
春に展示していた『やまのかぜ』(詳しくは こちら )や夏に展示していた『みずまき』(詳しくは こちら )の色鮮やかで大胆な構図の絵本に比べ、『耳界』のペン画による繊細さに驚かされます。
この『耳界』には、木葉井の心象風景が反映されていると考えられています。木葉井は、ある編集者に「絵を描くことは即ち生きることで、苦しい」と語ったそうです。病と闘った晩年は、腰痛で動くこともままならないこともありましたが、そうした苦しい状況の中でも「渾身のエネルギー」を絞り出し、絵を描こうとしました。
絵と真剣に向き合っていた木葉井の精神の一部が、『耳界』に表れているのかもしれません。
次にご紹介するのは、『あかいめのしろヘビ』という絵本です!
こちらの絵本は、木葉井が最初に描いた絵本です。舞台は、アフリカの架空の島。そこに住むしろヘビと、住人たちのお話です。
この絵本は、ペンに加え、インクや水彩などで描かれた、やわらかい雰囲気の絵本です。この絵本は、木葉井のアフリカでの経験から生まれました。
木葉井が初めてアフリカへ渡ったのは、1970年です。そして、この時、木葉井はアフリカの地に強くひかれました。木葉井はその後、1973~74年には ザイール(現・コンゴ民主共和国)に、1980~82年にはナイジェリアに住みました。
『あかいめのしろヘビ』が描かれたのは、1度目のアフリカでの生活を終え、帰国してからです。この絵本のあとがきで木葉井は、絵本の舞台である島のモデルとなった場所について回想しています。
そこでは、「土着のアフリカの人、アラブ人、ヨーロッパ人、東洋人」が町をつくっていて、近隣の島々にも、昔栄えていたのだろう町の痕跡があったそうです。
「熱帯の密林の中」で、「くろぐろと覆いかぶさる樹樹の隙間にぬけるような青空を仰いだときの眩暈(めまい)」を忘れられない、と木葉井は記しています。
また、『あかいめのしろヘビ』では、「アフリカが背負いつづけてきた苦悩」には触れていないとも書いています。その理由について木葉井は、「余りにも深い苦悩」に、「土足で踏み込むことを恐れて、たじろいだ」ためだと述 べています。
木葉井の心の内に、どれだけアフリカの風景が強く残っていたのか、そして木葉井がどれだけアフリカを想っていたのかがわかります。今回の展示から、そうした木葉井のアフリカへの想いなども、感じていただけたら幸いです。
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学芸員 畑中