ルイス・キャロルってどんな人?③キャロルとテニエル

2021.08.29

 『不思議の国のアリス』(1865年)や『鏡の国のアリス』(1871年)の作者として知られるルイス・キャロル。彼についての様々なエピソードを紹介する「ルイス・キャロルってどんな人?」の第3回になります!
 今回のテーマは「キャロルとテニエル」です。テニエルは、『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の挿絵を描いたイラストレーターです。

 キャロルは1864年に『地下の国のアリス』をアリス・リデルに贈りました。この『地下の国のアリス』を一般向けに加筆・修正したものが『不思議の国のアリス』です。『地下の国のアリス』は文章も挿絵もキャロルの手書きでした。しかし、『不思議の国のアリス』を出版するにあたって、挿絵も画家に依頼をしようということになりました。そこで白羽の矢が立ったのが、当時風刺漫画を中心に掲載していた雑誌『パンチ』で人気の画家であった、ジョン・テニエルです。テニエルは依頼を引き受けます。彼の描いた『アリス』の挿絵は多くの人に強い印象を残すこととなりました。

▲ 『Alice’s Adventures in Wonderland』1866年(初版は1865年)、ジョン・テニエル画

 今回は、キャロルとテニエルに関するエピソードについてご紹介していきます!

 キャロルとテニエルという稀代のコンビも誕生し、『不思議の国のアリス』の出版は進められました が、順風満帆とはいきませんでした。キャロルとテニエルの間にちょっとした諍(いさか)いがあったようなのです。というのも、キャロルはテニエルの挿絵の細かい部分――一説によれば、アリスの服のスカートの広がりなど――まで指摘して、テニエルをうんざりとさせることが度々あったようです。
キャロルも絵を描くことを幼少期から好んでおり、弟妹達のために家庭回覧雑誌の多くを手書きで作っていたこともありました。当初『地下の国のアリス』も手書きだったことをふまえると、挿絵に強いこだわりがあったのではないでしょうか。

▲『Alice’s Adventures Underground/地下の国のアリス』2003年(初版1864年)、ルイス・キャロル画、Chrysalis Children’s刊

 また、テニエルは『不思議の国のアリス』の初版が出版されると、絵の刷り上がりが納得できず、その旨をキャロルに伝えています。これを受けて、キャロルは初版を回収し、全て刷り直します。テニエルの許可を得ることができた『不思議の国のアリス』は1865年の11月という、クリスマスまであとわずかという時期に出版されました。

▲『Alice’s Adventures in Wonderland』1866年(初版は1865年)、ジョン・テニエル画

 さて、キャロルは『不思議の国のアリス』の続編である『鏡の国のアリス』も挿絵をテニエルに依頼するつもりでした。しかし、『不思議の国のアリス』の挿絵の仕事の際にキャロルの要望の細かさなどに辟易していたテニエルは、依頼を断ります。キャロルは別の画家を探さなければならなくなりました。
 しかし目ぼしい画家には断られたり、キャロルのお眼鏡にかなわなかったりと画家探しは難航します。結局、再度テニエルに依頼し、テニエルの手が空いているときに合間を見てすすめる、という条件付きで承諾してもらったことが、キャロルの手紙からわかっています。

 『鏡の国のアリス』の内容についても、ちょっとしたエピソードがあります。実は、『鏡の国のアリス』には、削除されてしまった「かつらをかぶったスズメバチ」という幻の章があります。この章は、白のナイトが出てくる8章の「これが私の発明なのです(”It’s my own Invention”)」の後におかれていました。
 白のナイトと別れ、もう少しで女王になれるというところで、アリスは年老いたスズメバチに出会います。スズメバチは、「元々あった巻き毛を剃ってかつらにしなよ」と勧められてその通りにしたのに「やっぱり似合わないからやめろ」と言われてしまった、というような内容の詩をアリスに披露 する、というあらすじです。

▲『The Wasp in a Wig/かつらをかぶったスズメバチ』1977年、Macmillan and Co.刊、マーティン・ガードナー編/(個人蔵)

 この章に関してテニエルはキャロルに手紙で「何が面白いのかわからないし、挿絵の描きようがありません」と伝えています。このこともあってか、キャロルはこの章を削除し、幻の章となりました。

 このように、紆余曲折あったものの、テニエルによる挿絵を伴って世に出た『アリス』の物語は、多 くの人に愛され、今でも根強い人気を博しています。さらに『アリス』の物語にはテニエルの絵のイメージが強く結びつきました。
 『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』の物語は、ブランチ・マクマナス、ピーター・ニューウェル、アーサー・ラッカム、チャールズ・ロビンソンなどの多くの画家による挿絵が残っています。

▲近現代の挿絵画家たちの『アリス』紹介ケース

▲『Alice’s Adventures in Wonderland/不思議の国のアリス』1907年頃、アーサー・ラッカム画

 それぞれの画家たちの個性的な画風によって、魅力的なアリスの世界が描き出されています。しかし、先に述べたようにアリスにおいてはテニエルの絵の印象はとても強く、ラッカムなどは「作品の世界観を汚した」など悪評を受け、『鏡の国のアリス』を描くことはやめてしまったといいます。

 軽井沢絵本の森美術館で開催中の春夏展「鏡の国のアリス」では、テニエルのイラストをはじめ近現代の画家たちのイラストも多数展示しています!ぜひ、たくさんのイラストレーションとともに、『アリス』の世界観を堪能していただけたらと思います!

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学芸員 畑中