『アリス』の翻訳~『鏡世界』と『アリス物語』~

2021.06.09

6月2日より、ムーゼの森・軽井沢絵本の森美術館では、 DMM GAMES配信の「文豪とアルケミスト」とのタイアップ「軽井沢×文豪とアルケミスト」が始まりました!
(文豪とアルケミストについてはこちら / イベントの詳細はこちら


こちらが企画展「鏡の国のアリス」のフォトスポットに置かれた、キャラクターの等身大パネルです。左から『アリス』の作者ルイス・キャロル、そして芥川龍之介、菊池寛となります。
「なぜ芥川龍之介と菊池寛がいるの?」と思われる方もいらっしゃるでしょうか。 実はこの2人、昭和2年に「不思議の国のアリス」の共訳本を出しています。それがタイトルにもあります『アリス物語』なのです!
今回は、『アリス』の翻訳のはじまりと『アリス物語』についてご紹介します!

○『アリス』の翻訳の歴史

今では『不思議の国のアリス』はよく知られ、続編の『鏡の国のアリス』はご存じない方も多いと思います。 しかし、日本で先に読まれたのは、実は『鏡の国のアリス』の方でした!
1899年に長谷川天渓により、児童雑誌『少年世界』(博文館)の中で「鏡世界」というタイトルで公開された連載が、 日本における初めての『アリス』のおはなしだったのです。
挿絵もテニエルの絵の模写が使われており、お話の内容も途中までは原作と同じなのですが、結末や人名が違っています。 どんな風に違うのか、企画展内でも紹介しておりますのでぜひご覧ください!

そして『不思議の国のアリス』の方が翻訳されたのは、「鏡世界」から3年後です。 児童雑誌『少女の友』に掲載された、永代静雄(筆名は須磨子)による、「トランプ国の女王」というおはなしが最初と言われています。
これを皮切りに、大正時代には楠山正雄や鈴木三重吉らによる『不思議の国のアリス』の翻訳が続々と出てきます。

○『アリス物語』の謎?

芥川龍之介・菊池寛共訳 『アリス物語』(左:昭和2年版/右:昭和5年版)
現在、企画展「鏡の国のアリス」のケース内にて展示中

そして昭和に入り、芥川・菊池の共訳『アリス物語』が出てきます。 こちらは興文社と、菊池が経営する文芸春秋社による『小学生全集』シリーズの第28巻として出版されました。
この『小学生全集』の発刊については、菊池が「文芸春秋」(昭和2年5月号)にて、以下のように語っています。

 新聞の広告でも御承知のことと、思ふが、今度自分は芥川の援助をも乞うて、「小学生全集」なるもの を編輯(へんしゅう)することになつた。

このように、『小学生全集』自体が、菊池と芥川の共同作業の賜物であることがわかります。
菊池は『小学生全集』の前にも、『小学童話読本』という子どもの読み物の編集を行っていました。 その発刊のきっかけについては、自分の子どもが小学生になったのを機に、 「彼らのために健全にしてしかも甘美なる読物を用意することが、いかに必要事であるかを痛感した。 私は昨年来私の子供のために日本及び外國のあらゆる童話的読物を洗練し私の信念に沿って取捨選択した」と、前書きしています。
ここから、菊池の童話への関心の高さや熱意がうかがえますね!

そして『小学生全集』の第28巻『アリス物語』の中では、菊池から以下の説明書きがあります。

 この「アリス物語」と「ピーターパン」とは、芥川龍之介氏の担任のもので、生前多少手をつけてゐてくれた ものを、僕が後を引き受けて、完成したものです。故人の記念のため、これと「ピーターパン」とは共訳と云ふことにして置きました。

芥川は昭和2年の7月に亡くなり、『アリス物語』は同年11月に発売されました。 この説明書きにあるように、共訳には他にも「ピーターパン」があり、こちらは『小学生全集』の第34巻として出版されています。

芥川は東京帝国大学英文学科を、菊池は京都帝国大学英文科選科と本科英文科を卒業しています。 加えて芥川は、海軍機関学校の英語教師を勤めた経験もあるため、二人とも英語に堪能でありました。
さらに、芥川はヴィクトリア朝のラファエル前派の詩人ウィリアム・モリスの研究で、卒業論文を書いていることもあり、欧米の文学への関心も高かったはずです。

ここから『小学生全集』は、菊池と芥川がそれぞれ持っていた童話や外国の文学への関心が共鳴しあってできたものとみられます。そして『アリス物語』は、その象徴ともいえる巻なのです!

一方で、この『アリス物語』には謎もあります。
ここで気になるのは「どこまでを芥川が訳して、どこからを菊池が訳したのか?」ということです。しかし、二人の作業内訳には諸説あり、未だに明確にはわかっていません。
上記の説明書きが、冊子によって収録箇所が異なっていたり、第7章以降の挿絵が未収録である点など、 芥川の没後から約4ヶ月という短い期間の中で、急いで発行された形跡があるのみなのです。


本展では、菊池の童話に対する考え方、芥川の英国文学への関心について詳しくご紹介しています。
このコラムをお読みいただいた上で、本展をよりお楽しみいただけたら幸いです!

ムーゼの森(過去の学芸コラム一覧に飛べます)
学芸員 中須賀