軽井沢絵本の森美術館 アーサー・ラッカムと「ギフト・ブック」の世界 開催中!②~アーサー・ラッカムの受難?~

2022.12.12

 軽井沢絵本の森美術館では、企画展「アーサー・ラッカムとギフト・ブックの時代」を開催中です!今回は本展に関する2回目のコラムになります。

 前回の記事では、ラッカムの魅力について『ケンジントン公園のピーター・パン』を例にご紹介しましたが、今回は展示内にてご紹介中のエピソードの中から、ラッカムの「受難」や苦労を感じさせるエピソードを一部ピックアップします!

〇批判を浴びた『不思議の国のアリス』


画像1枚目は展示中のラッカム画のアリス、2枚目がテニエル画のアリス
どちらも最終章、アリスが「どうせただのトランプじゃない!」と言い放つ場面です。

 1907年、ラッカム画の『不思議の国のアリス』が刊行されました。すでに『リップ・ヴァン・ウィンクル』『ケンジントン公園のピーター・パン』で成功を納めていたラッカムです。『アリス』もまた、たいへんな人気を呼びました。
 一方、当時「アリス」といえば、原作のジョン・テニエル画のイメージが強く根付いてもいました。テニエルとラッカム、それぞれの「アリス」のイメージの違いから、ラッカムのアリスは批判を受けてしまうこともありました。
 後に、ラッカムが続編『鏡の国のアリス』の作画依頼を断ってしまったのは、こうした理由が一つにあったと言われます。今となっては叶いませんが、ラッカムの『鏡の国』を見てみたかったものです。

〇戦後に描かれた「シンデレラ」


シルエット絵の『シンデレラ』(1919年)

 ギフト・ブックの全盛期、ラッカムの作品は飛ぶように売れましたが、1914年~18年に始まった第一次世界大戦を境にその波は落ち着いていきます。そうした状況下で発売されたラッカムの作品が、この『シンデレラ』でした。
 戦後はインクや紙などの資源が制限され、従来のような色彩豊かで緻密な印刷は難しい状況にありました。そこで、ラッカムが生み出したのがこのシルエット絵です。濃く鮮やかな彩色によって、登場人物の動きや物の色合いひとつひとつが印象深くなっています。

〇最期の作品『たのしい川辺』


アーサー・ラッカム画『たのしい川辺』(1940年)

 ケネス・グレアム作『たのしい川辺』は、初めて川を見るもぐらを中心に、親切なねずみやアナグマ、アクの強いかえるといった、個性豊かな動物たちが織りなす児童文学作品です。ラッカムにとってもお気に入りの物語の一つでしたが、1908年に挿絵の依頼を受けた際には、多忙ゆえに断らざるを得ませんでした。
 これだけでも人気画家ゆえの苦労が伝わってきますが、なんと、この仕事がもう一度ラッカムに回ってきたのです。しかし、それはラッカムの晩年、がんの病魔に侵されていた時でした。彼はベッドに伏しながら、3年ほどかけて本作の挿絵を完成させ、まもなく亡くなります。
  温かみあふれる『たのしい川辺』のイラストには、最期の最期まで挿絵画家としての仕事を全うした、ラッカムの誇りが滲んでいるのです。

 どんな作品にも、表面からは見えないアーティストの苦労や苦悩がありますが、ラッカムにおいてもそれは例外ではありませんでした。本展では、こうしたラッカムの制作背景も感じ取っていただくことができます。

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学芸員 中須賀